天武天皇ゆかりの地
日本最古の植林から届く木のぬくもり

古えから、自然豊かな吉野の地は、多くの天皇に特別な地として愛されてきました。
『古事記』や『日本書紀』にも、神武東征の通過地として、また多くの天皇が訪れた場所として登場します。

よく知られているのは、大海人皇子(おおしあまのみこ)です。
大海人皇子は兄の天智天皇の臨終を前に出家し、吉野宮に移りました。後に吉野から挙兵して、壬申の乱に勝利し、天武天皇となります。天武天皇は『古事記』と『日本書紀』の編纂を命じ、日本を律令国家としてまとめ上げていきました。

後に雄略天皇となる大長谷若建命(おおはつせわかたけのみこと)が吉野宮に行幸したときの恋の逸話も残っています。
大長谷若建命は吉野川のほとりで美しい乙女と出会い、結ばれました。その後、吉野の乙女の家を訪れ、舞いを所望します。美しい舞いに満足し、「呉床(あぐら)にすわっておいでになる神の御手で弾く琴にあわせて舞う少女よ。その美しい姿は、永遠であってほしいものだ」と詠いました。

大長谷若建命には、トンボに関する伝承もあります。
吉野宮近くの阿岐豆野狩りに出かけた際に、腕をアブに噛まれてしまった大長谷若建命。そこにトンボが飛んできて、アブをくわえて飛び去りました。『古事記』では、大長谷若建命がトンボを称え、この土地を「蜻蛉嶋(秋津島)」と名付けたということが記されています。

最古の人工林である「吉野」(写真提供:奈良の木のこと)
吉野の山より切り出された木目の美しい「吉野材」

吉野の森は、約500年前の足利末期より、人の手によって育まれてきた、日本最古の人工林です。
保水性の高い土壌や、年間を通して豊富な雨量、温暖な気温など、林木の生育に最適な条件を備え、長年にわたって「吉野材」と呼ばれる高品質な木材を生み出してきました。

かつては豊臣秀吉が当地を領有していため、大阪城や伏見城を始めとする城郭や、寺社仏閣にも吉野材が使われています。
徳川幕府の直領となってからも、林業は住民の生業として、吉野の地に深く根付いていきます。

無節でまっすぐの吉野杉は水漏れしにくいため、江戸時代には酒樽として利用されていました。
高品質な上方の酒は、吉野杉の酒樽に詰められ、船で運送されたといいます。
運ばれる間に吉野杉の香りが移って風味が良くなるため、江戸の人々におおいに喜ばれたそうです。

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現在の吉野林業は、山を所有する山主に代わり、山守が現場で木を育てる「山守制度」を採用しています。
苗が木材として出荷されるまでには、何十年もの時間と、細かい手入れが必要です。山守は毎日朝から山に入って一本いっぽん木の様子を見て回り、成長の遅い木を間引いたり、枝打ちしたりします。
広大な山林の木々、その一本一本に念入りに仕事をするのは、気の遠くなるような作業。
吉野林業では、数十年から100年、200年以上の時間をかけ、一本いっぽんの木を大切に育てているのです。

これまで500年の長きにわたって続いてきた吉野林業を、次の500年につなぐために活動しているのが、「吉野かわかみ社中」です。
吉野杉・吉野桧の魅力を広めるために、コンセプトを共有できるショップと提携し、「吉野かわかみ雑貨」として生産・販売しています。

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「吉野かわかみ社中」と提携する工房の一つが、「工房アップルジャック」です。
一流の腕を持つ木工職人が、吉野の木をろくろで削りながら、一品一品丹念に日用雑貨を作り出しています。
吉野材ならではの美しい木目と芳しい香り、やさしい肌触りは、暮らしを豊かにしてくれることでしょう。

本記事トップの吉野山の写真は、
「一般財団法人奈良県ビジターズビューロー」より提供いただきました。

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吉野の香りに包まれ、毎日の料理ももっと楽しく。「暮らしに吉野杉を」「住まいに吉野杉を」などをコンセプトに吉野材を使った雑貨や建材を提案しています。

吉野かわかみ社中Yoshino Kawakami Shachu

Address
奈良県吉野郡川上村大字迫1335-9
Tel
0746-52-9555
Web
https://yoshinoringyo.jp/
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アップルジャックのマエストロが為せる均整の取れたフォルムと仕上げの上質な木工品で、住まいにアクセントを。

工房アップル・ジャックKōbō Apple Jack

Address
奈良県吉野郡川上村東川1595
Tel
090-5128-2151

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