1300年前に生まれた日本のチーズ?
奈良の伝統食「蘇」と「飛鳥鍋」

いまの私たちの生活に欠かせない牛乳。
日本ではいつごろから牛乳が飲まれるようになったのでしょうか。
『日本書紀』三巻には、神武天皇東征の折り、弟猾(おとうかし)という者が、『牛酒』(ししさけ)をふるまい、天皇はそれを将兵に賜ったという逸話があり、弥生から古墳時代にかけて、すでに牛乳が飲用されていた可能性もあるのです。

また『訳文大日本史』によると、日本で乳を利用する文化が入ってきたのは562年、飛鳥時代のこと。大伴連 狭手彦(おおとものむらじさてひこ)が高句麗から仏像や楽器などとともに、呉の人、智聡を伴って来たことが始まりです。智聡は孝徳天皇に牛乳を献上し、姓を賜りました。
智聡は牛から搾乳し、自ら加熱殺菌して飲んでいたため、これを見た日本人も牛乳を飲むようになったようです。全部飲みきれず、余った乳は加工して乳製品が作られるようになりました。
670年には官営牧場が設立されたので、古代の日本には想像以上に乳が普及していたことがわかります。

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最古の医学書にも記される太古の乳製品「蘇」

智聡は、仏像などとともに中国の医学書である『本草書』164巻を持ってきました。そのなかには乳製品の酪・蘇(酥)・醍醐の記述もあります。「蘇」とは、牛乳を煮詰めて作るチーズのようなもので、薬として扱われていました。日本最古の医学書『医心方』には「蘇は筋力がつき、胆が強くなり、肌や体に潤い、つやが出る」という記録も残っています。
なお、「醍醐」は蘇と同じように乳製品の一種で、その製法は現在失われてしまいましたが、「醍醐味」の語源となったと言われています。

蘇は当時、貴族しか口にできない貴重なものでした。奈良・平安時代には貴族たちの正月の膳を飾るご馳走の一つとして重宝されたようです。奈良時代の権力者 長屋王(ながやおう)は大変な食通で、蘇に蜂蜜をかけた「蘇蜜」を好んだと言われています。

平安時代中期に編纂された『延喜式』によると、全国が6つのブロックに分けられ、持ち回りで6年に1回、蘇を租税として納めるように命じられたという記述が残っています。『延喜式』には、「蘇は牛乳を1/10に加熱濃縮 して造られた乳製品」と記されており、このレシピをもとに「蘇」が再現されました。そのおかげで、現代人も当時の味が楽しめるようになっています。

乳製品が身近だった飛鳥時代に考案された「飛鳥鍋」

牛乳のスープで鶏肉や季節の野菜を煮込んだ、奈良県明日香村につたわる郷土料理です。唐から来た僧侶が、寒さをしのぐためにヤギの牛乳で鶏肉を炊いて食べたのがルーツと言われていますが、大正時代に国の役人が飛鳥へ訪れた際に、ヤギの乳と飼っていた鶏の肉でもてなしたのが始まりという説もあります。
飛鳥の農村に伝わる料理法を、昭和に入ってから橿原観光ホテルが郷土料理として復活させ、現在でも冬の名物鍋として提供されるようになりました。飛鳥地方では家庭でもよく食べられているという人気の鍋です。

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古代の蘇

飛鳥時代の味わいを現代に。蜂蜜をかけるとチーズケーキのような味わに、オムレツなどに混ぜるとコクの出る、“古代のチーズ”。ぜひご賞味ください。

ラッテたかまつLatte Takamatsu

Address
奈良県葛城市山口278-3
Tel
0745-62-3953
Web
http://latte-takamatsu.com/
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奈良に精通するオーナーシェフが、食材はもちろん、内装にまで吉野杉を使うなど、徹底して奈良にこだわったお店です。飛鳥鍋は特別メニューのため、店舗にお問い合わせください。

あをによしAoniyoshi

Address
東京都中央区日本橋室町1-12-14
Tel
03-6262-5424
Web
https://awoniyoshi.owst.jp/

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