職人の遊び心が暑さをさらに和らげる
一生モノの暮らしの道具

“夏の風物詩”と聞いて思い出すものは何ですか?
パタパタと仰ぐ様子が印象的な団扇(うちわ)もそのひとつではないでしょうか。

団扇が中国から伝わったのは今から1300年前と言われています。
その起源は、古墳時代に中国から伝わった“翳(さしば)”が原型と言われ、いまの団扇より長い柄がついていたそうです。いつしか小型の翳を団扇と呼ぶようになり、当初は春日大社の神官・禰宜(ねぎ)が作ったものが儀式や祭礼で使われ、江戸時代の終わりごろに暑さを凌ぐものとして一般にも広まりました。
なかでも奈良団扇は、江戸時代の初めには確立されており、日本でもっとも歴史ある団扇と言われています。

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奈良団扇の特長は、赤・白・黄・茶・水色の五色の和紙に施された見事な透かし彫り。20枚ほど重ねた和紙に職人ごとに自作するという小刀を深々と差し入れる“突き彫り”の技術によって、自由自在に文様を浮かび上がらせていきます。

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その文様の精細さに目が奪われがちですが、制作工程は奥深く、竹の選定から加工、寸分違わず表と裏の和紙を重ねて貼る作業など、すべてに根気と緻密さが必要です。さらには、気温の低い冬に染め作業、温度や湿度が高い初夏に貼り作業を行うなど、一年単位のサイクルで作業を行うため、団扇一枚を仕上げるのに膨大な時間と手間がかかります。

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古くから使われる伝統的な文様はあるものの、すべては職人それぞれの創意工夫次第。つねに新しい表現に取り組む姿勢こそが、1300年もの間、飽きずに奈良文化として受け継がれている理由のひとつと言えるかもしれません。

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“伝統工芸”と聞くと、いかにも年配の熟練者が頑固に仕事に取り組む姿が想像されますが、現在の奈良で唯一、県指定伝統工芸品の奈良団扇を作っている「池田含香堂」を訪れると、その先入観とは真逆の印象に驚きます。
創業160年の老舗「池田含香堂」六代目の池田匡志さんは、平成生まれの職人。先代を早くに亡くしたことから、母であり同じく奈良団扇の職人である俊美さんと二人で、老舗の看板を守っています。

図らずして、一家相伝の貴重な技術となった奈良団扇ですが、匡志さんは県内の他の工芸に携わる職人らとも交流が厚く、さまざまな分野からインスピレーションを受けて製作に打ち込んでいるそうです。
その手から生み出される奈良団扇は、ただ美しいだけでなく実用性も高いことも魅力です。骨組みに使われる竹は通常の倍の60~70本もあり、とても丈夫。実際に、池田含香堂の店頭に置かれた二代目による作品は、50年以上たった今も、少しも壊れることなく残されています。

伝統工芸の未来を見据え、”不易流行” を貫く

6年前に六代目を継がれた匡志さんですが、しっかりと家業の看板を背負い、伝統工芸の未来にも目を向けます。
職人の無骨なイメージとは裏腹に、人とのコミュニケーションを得意とする匡志さん。同世代の作家とイベントを開催するなど伝統工芸の発信にも取り組み、最近はメディアなどでも取り上げられることが増えてきました。
学生の講義で語る大切している考えは、「ただ古いものを守るのではなく、今のお客様の欲するものに進化させていくこと」。よいものだからこそ残るという、まさに“不易流行”の本質を突く視点です。

匡志さんは中学生の時から作業場に出入りし、細やかな装飾が得意だった先代、手早い仕事で団扇を量産していた四代目の背中を追いかけながら、今も自身の”型”を研鑽し続けています。
「元々手先が器用ではなく、才能があるわけではなかった」という匡志さんは、伝統を引き継いでいくために必要なことは「団扇づくりが好きなこと」とも語ります。毎日ひとつのことに打ち込むためには、”好き“という純粋な動機が何にも勝り、さらにその姿勢が技を磨いていくのでしょう。

数十年が経った頃、色合いに深みが増した団扇を手に、匡志さんの最新の作品を訪ねてみるのも、将来の楽しみの一つとなりそうです。

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年を重ねるごとに色合いに深みが増す奈良団扇。色ごとに異なる経年変化が楽しめるのも特徴。高い実用性から、インテリアやお土産だけではなく、夏の涼として毎年手にとって扇ぎたい逸品。

池田含香堂Ikedagankōdō

Address
奈良県奈良市角振町16
Tel
0742-22-3690
Web
http://narauchiwa.com/

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