応神天皇の時代から受け継がれてきた
蚊帳織物を、現代風にリデザイン

夏の夜。虫に安眠を妨げられないよう、天井から蚊帳を吊ってから、布団にもぐりこむ――。
昭和の後半までは、それが夏の風物詩でした。
クーラーの発達した現代は、なかなか目にする機会が少なくなりましたが、長い歴史を持つ蚊帳は、現代でも形を変えながら暮らしの中に息づいています。

日本の蚊帳生地の歴史は、『日本書紀』に記されている応神天皇の時代(西暦270~312年)までさかのぼります。

test かつての夏の風物詩であった「蚊帳」(撮影場所:白雪ふきん本店ギャラリー)

中国の呉から「蚊屋衣縫」という蚊帳作りの技術者が渡来したことが始まりです。
当時、大和朝廷で裁縫に従事した職業部は「衣縫部(きぬぬいべ)」と呼ばれていました。衣縫部が織った蚊帳は、奈良時代から貴族の住まいで重宝され、室町時代には贈答品として使われたという記録が『大乗院寺社雑事記』などに残っています。

古来、王朝文化の中心地であった奈良は、都が移された平安期以降も特殊な織物を求められることが多く、さまざまな織物技法が鍛錬され、開花しました。

test 幕府の御用達品だった上質な「奈良晒」

江戸時代に入ると、奈良市東部地域で麻の栽培も盛んだったこともあり、麻の織物がさかんになりました。
その一つが、伝統的な上布である「奈良晒(ならさらし)」です。幕府の御用達品として認定され、現代においても上質な晒の代名詞として知られています。また、奈良で作られた「大和上布(じょうふ)」は、「麻の最上は南都なり」と言われるほどに珍重されました。

このとき、麻を原料にした蚊帳生地が織られるようになりましたが、麻の蚊帳は高価なため使用するのは上流階級に限られました。
一般庶民の間では、麻ではなく安価な木綿や紙製の簡易な蚊帳が普及。もともと奈良には「大和木綿」や「大和絣」という綿織物の技術がありました。
この技術と麻の蚊帳の織物技術をかけあわせて作られたのが木綿の蚊帳です。
安価で実用性に優れたものとして、全国的に広がっていきました。

現代では蚊帳を目にすることは少なくなりましたが、蚊帳生地の確かな製織技術はさまざまなものに活用されています。

蚊帳生地を重ねた布巾や、織物ふすま紙の紙と張り合わせる襖地。農業用の「寒冷紗(かんれいしゃ)」。自動車シート用難燃補強基布、フィルター基布、ハンプ、網戸、床材基布等の産業資材、アパレル生地など。

このように、蚊帳生地は時代に合わせて姿形を変えながら、さまざまな製品へと進化しているのです。

test

薄い蚊帳生地を多層に重ねて丁寧に縫い合わせた「白雪ふきん」。従来のふきんにはない吸収性の高さと素早い汚れ落ちが特徴です。使うほどに柔らかくなり、力の弱い女性でもしぼりやすいのも魅力。
長期にわたり雪のような白さを保つという商品の特性から「白雪ふきん」と名付けられました。

この「白雪ふきん」は、現当主の祖母が、蚊帳生地を裁断する際にできるハギレを有効活用しようと、生地を重ね折りして自家用にふきんに仕立てたのが始まりです。とても使い勝手が良かったため、友人・知人にプレゼントしたところ、大変喜ばれたため、製品化に至ったといいます。
デザインは、自然な仕上がりにこだわり、すべて手書き。初めて描いたのは奈良の桜で、そのデザインが好評で、童話や動物など、さまざまなモチーフを描くうちに、ブランドの世界観がどんどん豊かになっていきました。
多くの繊維製品が国外での製造に頼るなか、国内生産にこだわり、50年以上のロングセラーに。東大寺で毎年8月7日に行われる大仏さまのお身拭いにも献納されています。

test

「いつも頭にデザインがある」と語るご主人がこれまで手がけたテキスタイルは60種・150色。色とりどりの作品に囲まれた本店ギャラリーで、お店の方と会話の花を咲かせながらお気に入りを探してみてはいかがでしょうか。

白雪ふきんShirayukifukin

Address
奈良県奈良市南紀寺町5-85
Tel
0742-22-6956
Web
http://shirayuki-fukin.com/

この記事をシェアする