歴史の表舞台から消えた宗教都市
その裏にあった清酒発祥の物語

桜井市にある大神神社(おおみわじんじゃ)はもっとも古い神社として知られ、神社の御神体である三輪山は、御諸山(みもろやま)の名で『古事記』『日本書紀』にも記されています。

「三輪=みわ」と呼ぶのは、三輪山が酒と神事に深い関わりをもつことから、神事に使われる酒のことをお神酒(みき)と言いますが、昔は「みわ」と読まれていたといいますから、そのつながりの深さが窺い知れます。大神神社を「おおみわじんじゃ」と読むのもそのためです。

test

酒の醸造を行う蔵元の軒先に茶色の球体が吊るされているのを見たことがある人もいるのではないでしょうか。この杉でできた大玉は「今年も新酒ができました」の合図。そして、その杉玉は、実は毎年大神神社から全国の蔵元に届けられているのです。
奈良を代表する蔵元のひとつ、県北東部大和高原の山間に位置する「倉本酒造」の軒先にももちろん、杉玉が吊るされています。

test

大和発祥の清酒製法

風光明媚な自然のなかで醸される酒に使われる酒米は自家の田んぼで栽培したもの。標高約500mの周辺地域は、昼夜の寒暖差が激しく良い米が獲れる場所として古くから知られているそうです。
日本酒は酒の磨き方によって吟醸・大吟醸などの名前がつけられますが、倉本酒造はあくまでその味わいがすべてと考え、先入観を持って欲しくないとの思いから米の磨き方によらず純米酒と表記。味わいへの自信と誇りが窺えます。

test

倉本酒造を代表する銘柄「金嶽」や「倉本(KURAMOTO)」とともに人気を博すのが「菩提もと 純米酒 つげのひむろ」です。
菩提酛(ぼだいもと)とは、蒸した米・麹・水を用いて作る酵母を培養した「酒母」の製法のこと。室町時代に菩提山正暦寺で創醸された方法がその起源とされ、正暦寺は清酒発祥の地として、室町時代の古文書『御酒之日記』や江戸時代初期の『童蒙酒造記』にも記されています。

その製法を500年ぶりに復活させようと、1999年に「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」が発足。県内の蔵元15社、工業技術センター、正暦寺の三者が協力する一大プロジェクトとなりました。

では、そもそも何故奈良の山間部の一寺で清酒が発祥したのでしょうか?

山間の宗教都市で起こった日本酒造り

藤原氏が摂政・関白となって政権を握った時代に創建された正暦寺は、山号を「菩提山(ぼだいせん)」と言い、当初は堂塔・伽藍を中心に86坊が渓流をはさんで建ち並んでいました。
単純に計算しても数百人以上の僧が生活していたとみられ、巨大な宗教都市としての威容を誇っていました。今でもその面影が残る古道を歩けば、僧たちが暮らした当時のにぎわいが聞こえてくるようです。

福寿院客殿から望む借景庭園からは、かつての文化都市の顔も垣間見える
菩提酛の興りについてお教えいただいた正暦寺 大原住職
test

時代が進むうち、寺の運営を維持するための収入源として考案されたのが僧坊酒造りだったと言われています。
醸造に関する技術開発は実に先進的で、前述の菩提酛造りのほか、仕込みを3回に分けて行う「三段仕込み」など、今の日本酒造りの基礎ともなっている技術も確立されていたことが、「清酒発祥の地」と言われる所以です。

test

都から藤原氏にゆかりのある人々を迎え入れていた同所では、清酒以外にもさまざまな文化が成熟。
雅楽をはじめとした音楽のほか、書道、歌道、墨絵など、さまざまな分野で都レベルの高い嗜みが行われていたと考えています。

福寿院内の狩野永納筆の襖絵
細部まで行き届いた数寄屋風客殿建築の福寿院客殿は、国指定重要文化財

過去の文献を基に研究を重ねた菩提酛の復元プロジェクトは見事成功。今でも毎年1月には正暦寺の境内で菩提酛の仕込みを行います。
そして、研究会に所属する蔵元がその酒母を持ち帰り、各々の蔵元の清酒として楽しめるようになりました。

清酒発祥の歴史文化に思いを馳せながら、各蔵元の菩提酛を飲み比べてみるのも一興です。

test

菩提もと 純米酒 つげのひむろ

正暦寺で毎年正月に仕込まれる酒母を使い、近代醸造法と融合させた甘さと爽やかさが特徴の濃醇旨口の純米酒。

倉本酒造Kuramoto Shuzō

Address
奈良県奈良市都祁吐山町2501
Tel
0743-82-0008
Web
https://kuramoto-sake.weebly.com/
test

清酒発祥の地で知られる。現在は静寂な古刹となった寺院を訪れ、清流の音にに耳を傾けながら、かつての宗教都市の面影を探してみてはいかがでしょうか。

菩提山真言宗 大本山 正暦寺Shōryakuji

Address
奈良県奈良市菩提山町157
Tel
0742-62-9569
Web
http://shoryakuji.jp/

この記事をシェアする