人が”住まい”を持つようになって以降、
安全や便利さはもちろん、
心まで満たしてくれる”住まい”が求められるようになりました。
かつての日本家屋では、
床の間に華や書画が飾られ、
心情のゆらぎや、四季の移ろいを楽しんでいました。
さらに、出雲・大和の暮らしにつたうのは、
用いる道具の美しさ。
使い勝手まで備えた道具たちに囲まれると、
豊かな充足感で満たされます。
その魅力の一端にふれながら、
暮らしの潤いを考えてみてはいかがでしょう。

情熱の炎は絶やさない 奥出雲たたら 千年物語

古代より日本の鉄文化を支えてきた奥出雲の「たたら製鉄」。しかし明治期、次第にたたらの火は消えていくことになります。そして、この物語には、現代につながる続きがありました。

自然の叡智と技を集めて、“捨てない”をもっと美しく

漆は、装飾や艶を与えるだけのものではありません。その技術を受け継ぐように「金継ぎ」という手法がいま注目を集めています。出雲出身で、島根・東京の二拠点で活躍する金継ぎ師guu.さんも、金継ぎに魅せられた一人。

伝統を受け継ぐ「漆」をもっと身近に カラフルな漆器で暮らしを豊かに彩る

漆と大和には深い関わりがあり、興福寺にある奈良時代の仏像彫刻の傑作、国宝「阿修羅像」には「脱活乾漆」という漆技術が用いられています。その後、漆工などで発展していった漆技術が、いま新たな形で注目を集めています。

本気で真似ることで、無限の可能性が花開いた赤膚焼

赤膚焼の名工、奥田木白が現れたのが幕末の頃。木白はもともと陶工でなく暮らしに使われる道具類を扱う荒物商。自由な性格で、「諸国焼物模物所」の看板を掲げて全国各地にある焼物をひたすら模倣しました。しかし、その品質は、本家を凌ぐほどだったそうです。

迷える若者たちの支えともなった 使われてこそ輝く“用の美”の心

出雲における茶の湯・焼き物文化は脈々と受け継がれ、大正期の柳宗悦・河井寛次郎らによる「民藝運動」により新たな広がりを見せます。いわば出雲の焼き物文化の歴史は、近代以降の出雲文化史そのものと言えるかもしれません。

天武天皇ゆかりの地 日本最古の植林から届く木のぬくもり

吉野の森は、約500年前より続く日本最古の人工林です。保水性の高い土壌、豊富な雨量、温暖な気温など、林木の生育に最適な条件を備え、長年にわたって「吉野材」と呼ばれる高品質な木材を生み出してきました。